ヨコハマさんぽみち

「史跡のある学校3 ビール井戸」

今回は、おいしい季節となったビールのルーツを求めつつ、山手の丘の周辺を散歩しました。根岸線の山手駅から「ビール井戸」を経由してみなとみらい線元町・中華街駅まで歩きます。

JR山手駅改札を出て正面の「山手駅前」の信号まで進み、右手の根岸線のガードをくぐり、大和町商店街へ向かいます。

山手駅前

大和町商店街はまっすぐな道

商店街を通り抜け大通りに出たら、「山手駅入口」の信号を渡り直進。大通りから一本入った道を右方向へ歩いていくとまもなく、「国歌 君が代由緒地」の石碑が現れます。

ここを左に入ると妙香寺の参道の石段が見えます。出発から間もない元気なうちに階段を上がります。

山門までの石段47段

門を入るときれいに整備された境内には、鐘楼や本堂などお寺の建物があり、左手前に「国歌 君が代発祥の地」と「日本吹奏楽発祥の地」の石碑が並んで建っています。日本の国歌君が代は、明治2年にイギリス陸軍付楽隊長のフェントン氏によって作られたそうです。

上がってきた石段を下りて、左手方向へ道なりに進み、「キリン園公園」信号を左折。ゆるい坂道(その名もビヤザケ通り)を上がっていきます。

この辺りから私立学校の華麗な建物や立派なお屋敷が目につき、山手らしさを感じます。間もなく右手に「キリン園公園」という児童公園が現れます。

旧入口の「麒麟園」の門柱

ブランコなどの遊具のある普通の公園なのですが、ここに「麒麟麦酒(キリンビール)開源記念碑」という巨大な石碑が建っています。石碑脇の説明板には「1870(明治3)年アメリカ人ウィリアム・コープランドは横浜・山手にビール醸造所スプリング・バレー・ブルワリーを設立し、日本で初めて産業として継続的にビールの醸造・販売を行いました。」とあります。

公園内の「文化遺跡 日本最初の麦酒工場」と書いてある石碑

散歩に行った日は五月晴れの気温26度。ほどよく歩いてちょうど喉も渇いてきました。くーっ、ここでビール飲みたい!という気持ちを抑えて水筒の水で水分補給。公園を出て、隣の北方小学校へ。通り沿いの小学校のフェンスに沿って歩いていくと、「ビール井戸」があります。

説明板には、「この地に日本で最初のビール工場が建設されました。いま校庭になっているところには清水のわき出る池があって、キリンビールは1888年からここでつくられていました。そのころは横浜市の水道がまだここまで引かれていなかったので、井戸水を使ってビールがつくられました。この井戸は1895年から1901年までビールづくりに使われたものです。」と書いてありました。

来た道をほんの少し戻って、「北方小学校前」の信号を渡ってビヤザケ通りの上り坂を上がって行きます。上りきると、山手通りに出ますので、右折して港の見える丘公園方面へ歩きます。

元町公園と、豊かな緑の中の洋館(エリスマン邸)が目の前に

山手らしいすてきな景色

横浜外国人墓地には、日本で初めてビール醸造所を作ったコープランド氏も眠っています。

港の見える丘公園の方へ進みます。

「港の見える丘公園前」の信号を左折して谷戸坂をしばらく下りていくと、右側に港の見える丘公園フランス山地区の入口が見えてきます。入口横に「クリーニング発祥の地」の石碑があります。ここから公園内に入ります。

緑がすがすがしい公園内の植え込みには、「横浜ボウリング発祥の碑」があり1864年(!)と刻まれています。

領事館の建物に付けられていた「メダリオン」

この公園はかつてフランス領事館があったことなどにちなんでフランス山といわれています。山手周辺には幕末から明治にかけて取り入れられた西洋文化の源がたくさん残っていました。フランス山公園を出て左方向にみなとみらい線元町・中華街駅入口が見えます。

約50分歩き、良い気分転換になりました。

 

(橋本)