新書で横浜「野口英世の生きかた」-横浜検疫所-

初めまして。企画製作の新倉です。
住まいは横須賀。ですから横浜のことは知らないことばかりです。そんな私が、「横浜探訪」に参入しようと思い立ちました。

手がかりは読んだ本。本の中に現れる「横浜」を訪ねながらのレポートです。
題して「新書で横浜」。

第1回はこの新書。
「野口英世の生きかた」星亮一 ちくま新書
「野口英世の生きかた」星亮一、ちくま新書

「そんな英世に、北里博士は新しい仕事を与えた。横浜の海港検疫官である。研究者から見れば脇道にそれることであった。だが英世はそれほど失望はしなかった。どんなところからでもはい出る特異な才能を持った男である。はい上がる機会はかならず来ると信じた。」

 

野口英世の新しい職場がここです。
横浜検疫所

もちろんこの写真は現在の施設です。
英世が赴任した当時は「長浜検疫所」。

 

明治32年5月、当時22才の英世が海港検疫医官補として勤務した施設はこちらです。
「長浜検疫所・細菌検査室」
長浜検疫所・細菌検査室
明治28年に立てられた「細菌検査室」は関東大震災で倒壊。その翌年再建されました。
1981年、荒れ放題となっていた「細菌検査室」保存の市民運動が生まれ、老朽化した建物は修復され、現在「長浜ホール」の付属施設として公開されています。

 

「検査室」にはいると、英世の「どや顔」が迎えてくれます。
野口英世像
英世は入所の翌月、「亜米利加丸」の乗員から、検疫所初となるペスト患者を発見します。

 

これは日本で最初のペスト患者の発見でした。
ペスト菌発見の新聞記事

 

英世はこの功績から、北里柴三郎の推薦で、当時ペストの流行が盛んだった清国・牛荘(ニューチャン)に国際予防委員会の一員として派遣されます。そして、そこを足がかりに渡米。以降国際的な活躍を果たすことになります。「長浜検疫所」の5ヶ月は、英世の躍進への第一歩でした。

 

「野口英世の生き方」は、偉人伝ではなく、「どんなところからでもはい出る特異な才能を持った男」の「変人」ぶりを描いています。

 

やまぼうし
旧「細菌検査室」下車駅は京急能見台。
海に向かって1kmほど歩くと、深い緑の中に小さな洋館が佇んでします。訪れたのは5月の終わり。敷地内の「やまぼうし」は満開でした。

 

旧細菌検査室

住所:〒236-0011横浜市金沢区長浜114-4長浜野口記念公園内
京浜急行「能見台」駅下車、徒歩15分
または金沢シーサイドライン「幸浦」駅下車徒歩15分

開館時間:午前9時から午後5時まで
■休館日:年末年始(12月29日~1月3日、月1回程度の施設点検日)
■入館料:無料