新書で横浜「ガード下」の誕生―JR鶴見線国道駅ガード下―

こんにちは。企画制作の新倉です。
「新書で横浜」第9回。
今回の道案内はこの新書です。

「ガード下」の誕生 小林一郎著

小林一郎 著
「ガード下」の誕生
祥伝社新書
2012年

 

「ガード下」が人を不思議と引きつけるのはなぜか。「ガード下」は、いつどのようにして誕生し、発展してきたのか。
「『ガード下』の誕生」は、そんな疑問に答える新書です。副題は「鉄道と都市の近代史」。
「ガード下学会」に属する著者が、疑問の宝庫でもある、全国各地の「ガード下」を探索します。

 

選び抜かれた「ガード下」は全部で18ヶ所。
その最初に登場するのが、JR鶴見線国道駅ガード下です。
さっそく、出かけてみましょう。

 

 

JR鶴見駅
鶴見線の始発はJR鶴見駅。
鶴見線ホームへは、もう一度改札をくぐります。
これは中間改札口。
鶴見線は鶴見駅以外は全線無人駅。
不正乗車を防ぐために設置された改札ですね。

 

 

 

鶴見駅から延びる線路
鶴見駅から延びる線路。

 

 

 

トラス橋
ブルーに塗装された巨大な「トラス橋」。
京浜東北線、東海道線、東海道貨物線、横須賀線、京浜急行線を一気に跨ぎます。

 

 

 

国道駅ホーム
国道駅は鶴見駅から1駅目。
上り下りのプラットホームを大きな鉄骨アーチがつなぎ、プラットホームの上は雨よけの庇。
心和ませる「昭和モダン」(本書)です。

 

 

 

国道駅
「国道駅」は1930(昭和5)年開設。
国道15号(旧国道1号)沿いの駅だから「国道駅」。
鉄道に「国道」という駅名を付けるのに、異論はなかったのでしょうか。
ともあれ、まずは改札をめざしましょう。

 

 

 

国道駅改札への入口
ここが改札への入口。薄暗くて、なんだか迷路の入口のようでもあり、ちょっと緊張します。

 

 

 

国道駅連絡通路
ホームから1階分下がったところにある、上下線の連絡通路。
この下が駅舎アーケード。

 

 

 

国道駅連絡通路から見た南側出口
連絡通路から見た南側の出口。
まるで映画のセットのようですが、現役のJR駅舎です。

 

 

 

国道駅のアーチ型の構内
特徴的なアーチ型の構内は1930年の開業時そのまま。
かつてこの駅構内に臨港デパートという商業施設があったとのことですが、現在高架下の店舗兼用住宅のほとんでは封鎖されています。

 

 

 

国道駅橋脚に貼られた煉瓦タイル
高架の橋脚に貼られた煉瓦タイル(スクラッチ・タイル)は昭和初期の代表的建築材料。
これも開業当時のまま。

 

 

 

国道駅かつての不動産会社
看板だけが残っている不動産会社。

 

 

 

やきとり国道下
唯一の営業店舗ですが、本日休業。残念!
日を改めてもう一度訪ねたのですが、その日も休業でした(涙)。

 

 

 

国道駅アーケードの抜け道(?)
アーケードの一角に抜け道(?)発見。

 

 

 

国道駅アーケードを外から眺める
抜け道をくぐり、外に出てみました。
アーケードが2階建てになっているのがわかります。
おそらく1階が店舗で、2階が住居。

 

 

 

国道駅北側出口
こちらは北側(鶴見駅側)の出口。

 

 

 

国道15号
アーケードを出ると、駅名となった国道15号。

 

 

 

国道15号から見た「国道駅」入口
国道15号から見た「国道駅」の入口。

 

 

 

JR国道駅
目立たないところに駅名表示。

 

 

 

国道駅機銃掃射の銃痕1
駅名表示の近くには、15年戦争時の米軍艦載機による機銃掃射の銃痕。

 

 

 

国道駅機銃掃射の銃痕2
ここにも、昭和が残っていました。

 

 

 

国道駅南側の入口
こちらは南側の入口。

 

 

 

国道駅昭和モダン
再び昭和モダン。

 

 

 

国道駅高架下の住宅
駅舎を離れた高架下には今も住宅が並びます。

 

 

 

国道駅高架下の住宅2
現役の「ガード下住宅群」。

 

 

 

国道駅近く鶴見川
南側出口から少し歩くと、鶴見川にぶつかります。近くには魚河岸通りも。

 

 

 

ふたたび国道駅
不思議いっぱいの「国道駅」探訪を終え、帰路につきます。
Suicaで入場。2015年に戻ります。

 

 

 

国道駅ホームへ続く階段とアーチ
ホームへ続く階段とアーチ。
国道駅最後の「昭和」鑑賞。

 

 

 

国道駅ホームと電車
カーブ上に設置された国道駅は、ホームと電車の間はとんでもなく開いています。
それは、落ちたら「昭和」へタイムスリップか、と思うほど大きな隙間です(笑)。

「鶴見地区は、もともと京浜工業地帯の生みの親といわれる浅野総一郎らが鶴見埋築株式会社を設立し、大正から昭和初期にかけて東京湾の埋め立てを行った地だ。埋め立てと同時に浅野は、この埋め立て地に鉄道を通した」(本書より)。
それが鶴見臨港鉄道で、1943年、戦時鉄道強化策により国有化され、現在(JR鶴見線)に至っています。
「国道駅」のタイムスリップの理由は、高度経済成長が終わり、利用者の激減と説明されていますが、それでも1日1500人の使用がある現役のJR駅です。なぜあんなに暗いままなのか、正直言ってよくわかりません。ひょっとして「秘境駅」演出?
まさかね(笑)。

 

■「新書で横浜」第8回「ふしぎな国道」―国道133号― はこちら

 

 

新書で横浜「ガード下」の誕生―JR鶴見線国道駅ガード下―」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 東芝社員しか降りることを許されない鶴見線の海芝浦駅に行ってきた

コメントは停止中です。